第34回公開市民大学:藤田肇

第34回公開市民大学:藤田肇

気流から見た車両の騒音
日本大学教授(理工学部機械工学科) 藤田肇

我々の生活は洗濯機、掃除機などの家庭電化製品から飛行機、自動車など交通機関にいたるまで機械文明に支えられています。しかし機械文明は良い点ばかりではありません。色々な公害、事故など克服するべき問題はたくさんあります。騒音もその問題点のひとつです。どんな機械もたいてい騒音を発生します。では、騒音とは何でしょうか。音は、心地よい音(聞きたい音)、騒音(聞きたくない音)それと無関心な音の3種類に大別できるでしょう。騒音とは「聞きたくない音」なので、物理的、生理的作用のほかに、心理的影響も大きく、ある人にとって心地よい音も、他人にとっては騒音となりえます。ここが、騒音を扱うときの難しさです。

ここで、音についての基礎的なことを説明しましょう。音は、空気の微小な圧力変動で、その性質は、音の大きさ(騒音レベル、単位はデシベル[dB])と高さ(周波数、単位はヘルツ[Hz])で表されます。騒音レベルは深夜の公園で40dB、オフィス内で50〜55dB、うるさい交差点で75〜80dB程度です。人間の耳に聞こえる周波数は16〜20,000Hzといわれていますが、高い音と低い音は聞こえにくく、1,000〜5,000Hzくらいが一番よく聞こえます。音質は、どの周波数成分がどの程度含まれているか、それがどのように時間的に変化するかによって決まります。

では、音はどの様に発生するのでしょうか。物が振動すると音が発生することはご存知だと思います。これは「振動音」と呼ばれ、その発生メカニズムは19世紀にはだいたい分かっていました。また、風の強い日に電線がヒユーと鳴るのはよく経験します。これは「風きり音」と呼ばれるもので、空気の流れが渦をつくることによって発生するものです。流れが電線のような細長い物体にあたると、下流に渦か発生します。これは、煙などを用いて流れの様子を見ると、よく分かります。この渦が風きり音の発生源で、このような音は「エオルス音」と呼ばれています。エオルスとはギリシャ神話の風の神で、このような音の発生は紀元前から分かっていたようです。エオルス音は特定の周波数が卓越するのが特徴で、耳障りとなることが多いのです。この周波数と風速の関係については、19世紀終わりから20世紀始めにかけて研究されました。しかし風きり音発生原因の本格的な研究は、ジェットエンジンが実用化されてその騒音に悩まされた結果1950年代に始まった、比較的新しい分野なのです。風きり音は送風機からも発生します。換気扇、エアコン、掃除機などは身近な例です。欧米での研究は航空機が主対象でしたが、日本での研究は、1980年代までは送風機騒音が主な研究対象でした。自動車、電車など、乗り物も色々な騒音を出しますが、振動音と風きり音に大別できます。速度が低いときは振動音が問題となりますが、速度が増すにつれて風きり音の影響が強くなります。普通、新幹線では時速250キロ以上、自動車では100キロ以上で重要となりますが、在来線鉄道で、それほど速くなくても気になることもあります。

車両の風きり音に対する研究が盛んになったのは、新幹線の「のぞみ」の開発が始まった1980年代末のころからです。新幹線のスピードアップに伴って一番問題になったのが騒音でした。騒音の発生源を調べてみると、パンタグラフから発生するエオルス音が一番大きい原因でした。そこで、初代「のぞみ」(300系)は、速い風が直接パンタグラフに当たらないように、カバーを設置しました。しかし、カバーから別の音が発生しては困りますので、カバーの最適形状研究が最初のテーマでした。この研究には、低騒音風洞という、「音の出ない風」を発生する装置が必要で、私は、この装置と、高速車両の走行中の音源を測定する「マイクロホンアレイ」という装置を開発し、この問題に取り組みました。その後、私は会社を離れましたが、500系、700系という新しい「のぞみ」が開発され、パンタグラフもシングルアームという斬新なものが用いられて、パンタカバーの存在も影が薄くなって来ました。

乗り物では車外に放射される音(車外騒音)と共に、車内の騒音も問題となります。自動車の車外騒音は、以前はエンジン音が主でしたが、改良が進むにつれて、タイヤ騒音が主体となりました。これも実は流れから発生する音なのです。タイヤのトレッドに押し込まれた空気がジェットとなって後ろへ噴出し、これが主音源となるのです。しかし解決は思いがけないところにありました。安全面などから導入された排水性舗装が、タイヤ騒音の低減に効果的だったのです。また、車内に耳障りな風きり音を出す部分を改良すると、空気抵抗も減るという2重の効果があることも分かりました。

古代から知られていた「風の神の音」はようやく、それをコントロールすることが可能となってきました。しかし騒音は、ただ下げれば良いものではありません。その機械の持つ機能、性能を十分発揮させて、かつ静粛性を保つ、そのバランスが大切なのです。機械の持つ利点を生かし、欠点をカバーする方法を短期に低コストで開発するために、機械工学のエンジニアは努力しているのです。

プロフィール

〈専門〉
静粛工学、流体工学、音響学、電子計測
〈略歴〉
1965年3月 日本大学理工学部機械工学科卒業
1967年3月 日本大学大学院修士課程修了
1971年10月 ジョンズ・ホプキンス大学博士研究員
1971年11月 ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了
1973年9月 イリノイ工科大学機械航空宇宙工学科客員助教授
1975年9月 日立製作所・機械研究所研究員音響研究室長、技術主幹などを歴任騒音制御、小型送風機の開発、水中音響研究に従事
1992年10月 東京工業大学・静粛工学(JR東日本寄附)研究部門教授
1995年4月 日本大学理工学部教授
〈学会活動〉
日本機械学会、音響学会、騒音制御工学会、可視化情報学会会員
日本工学教育協会常任理事(国際関係担当)
国際技術者継続教育協会理事
〈受賞〉
流れの可視化学会技術賞、海洋音響学会論文賞
〈著書〉
基礎音響学(講談社サイエンスブック 2002年)
静粛工学(開発社1995年)
機械騒音ハンドブック(産業図書1991年)
流れの可視化ハンドブック(朝倉書店1986年)
〈自己紹介〉
子供のころ、私は飛行機と音楽が大好きでした。9歳で合唱を始め、15歳ではグライダーで飛び始めました。大学では航空流体力学を専門に学び、日大の人力飛行機第1号機を卒業研究として設計しました。米国の大学に留学し、博士論文のテーマとして、ジェットエンジンの騒音に関する基礎研究をえらび、音と航空流体が合体したのです。現在、日大グライダー部顧問及び合唱団顧問として学生のサークル活動も支援しています。

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