第36回公開市民大学:光森忠勝

第36回公開市民大学:光森忠勝

伝統芸能に学ぶ一躾と父親一
日本文化の知恵を見直すとき
ノンフィクションライター  光森忠勝

日本は明治維新以来、西欧の文明を吸収して現在の豊かな生活を築き上げてきた。それを可能にしたのは、日本文化が室町時代から江戸時代にかけて洗練され、成熟の域に達していたからである。表面上は西洋とは異質にみえるけれど、日本文化が受容体の機能を果している。私は入り口こそちがえ、日本が追求してきた真理は、意識の深いところで西欧のそれと重なり、受け入れる手掛りがあったのだと思う。

ところが、日本人の多くは、西欧の文明を無批判に吸収するあまり、生活のあり方を含めた広い意味での文化を知識として受けとめ、底にある土壌にほとんど目を向けなかった。そのため、西洋と東洋を比較しながら、日本の入り口はどこか、その真理とは何か、という視点から追求した論考がほとんどないといっていい。現代の日本のさまざまな問題はここに由来するのではないか。つまり、知識や技術などの言語化が容易な領域、私のいい方でいうと文明はほぼ吸収したけれど、その文明を包容している、言葉で説明しなくても共有している常識・暮しの知恵などといった文化は、実際その社会に入り込んで生活しないと感じとれないという理由もあるが、文化を踏まえた視座で、西洋とは何かを考える批評的な眼が稀薄だったと思う。そこから日本文化の基層を見直していけば、現在のような全否定、あるいは肯定という現実的でない対立は起らなかったであろう。ことに戦後は近代合理主義・科学主義が万能だったので、伝統が無闇に否定され、ことさら言葉(ロゴス)で説明する必要もなかった親から子、孫へ伝えられてきた生活の知恵やものの対処方法などの広義の文化が蔑ろにされた。その結果、ことに戦後は大衆の間に流入してきた西洋と日本の文化が融合するいい機会だったけれど、あえて避けて通り、消化不良を起している。当然、文化の底は浅くなる。そうすると主義・主張は言葉づらだけの論理になり、対極にある現実感覚は金銭だけで価値をはかる暮しぶりが幅をきかせて、生活の道標を失ない、未来への希望を描けなくなったのである。

私は、この危ぶない状況を突破する糸口が、西洋文明の受容体になった日本の伝統文化にあると考えてる。あらゆる意味で日本の伝統文化は、突き詰めてゆけばゆくほど、現代人にとって示唆に富んだ世界がある。欧米でも西洋の壁を越える手掛かりがあると日本を始め東洋に注目している人たちがいる。

しかし、日本の伝統文化の骨髄は、身体から身体へ伝承され、きわめて言語化が難しい。まして言葉で表現すると「もののあわれ」に行きつくような世界だから、分析的手法で実体をつかもうとすると、日本の伝統文化はあるようでない、ないようである存在である。私は、その骨随を身体で伝承しているのが古典芸能だと考えている。室町から江戸時代に発生の起源をもつ能・狂言・歌舞伎・文楽は、明治維新の文明開化、戦後のアメリカ文化という西欧の生活文化の波に洗われながらも、伝統の骨随を継承し、いまに伝えている。もちろん、時代とともに変容した部分はある。しかし、不易流行。伝統の骨随を失わなかったから、現代まで生き延びているのだと思う。いいかえれば、入り口こそちがえ、伝承の骨随が西洋の真理追求と意識の深いところで触れ合い、未来の燭光を灯し始めたからではないか。私はそう信じたい。

もっとも、私は日本の伝統文化に初めから興味があったわけではない。戦中に生まれ、戦後の欧米文化に一も二もなく憧れた世代である。学生時代は演劇を志し、翻訳劇を主に上演するいわゆる新劇に反発して、リアリズム演劇とは異なる前衛劇を旗じるしにしていた小劇団にかかわっていた。反リアリズム演劇といっても欧米の演劇思潮であったアンチテアトルである。いま思うと、世界の演劇のなかでも洗練され、練り上げられた反リアリズム演劇の極致ともいえる日本の古典芸能になぜ注目しなかったのか、不思議でならない。一つには親の世代の経済事情もあるが、なかでも第二次世界大戦の苦い経験から、羹にこりて膾をふくごとく日本の伝統を全て否定して、大衆の間に欧米文化に流れていく風潮に私が目を奪われていたからだと思う。しかし、椅子・テーブルの生活がいくら日常的になっても、畳の部屋があるように、日本人の心のなかには日本の伝統文化が脈々と生き続けている。

演劇でいえば、アンダーグラウンド演劇がその証といえる。私はそのころ市川猿之助の歌舞伎を見た。アンダーグラウンド演劇のさまざまな要素が初めてみた歌舞伎にあり、私は衝撃を受けた。しかも、洗練された美意識と反リアリズムの発想と演出法がすでに確立されていたのである。それから日本の古典芸能をたびたび取材するようになった。もう一つの触発は、森田正馬が開発した日本独自の精神療法、森田療法との遭遇である。森田療法はフロイトの精神分析とほぼ同時代に創案された精神療法だが、心の問題の対処法が古典芸能の芸の修得や心得と通じるところがあり、古典芸能が到達している芸の真髄が、意識の深いところに根ざしていると思い及ぶ。つまり、芸だけではなく、広い意味での日本の基層となる文化を、古典芸能は伝承しているのである。以来、私は日本の伝統文化を基軸にして、あれこれ考えている。

その要点は以下にまとめられる。
(1)論理(言葉=ロゴス)ではなく、実践から始まる。
(2)模倣。身体から身体へ伝承するために、師の身振り、手振りを真似ぶ。
(3)"型"は言葉に代わる記号であり、同時に基本である。
(4)心身一如。
これらの点についてお話したいと思ってます。

プロフィール

〈略歴〉
昭和18年 旧満州(現・中国遼寧省)安東市生まれ。
昭和40年 慶応義塾大学法学部卒業。
その後、週刊誌記者を経てノンフィクションライター。その間、長編記映画『東京裁判』(監督小林正樹)に製作進行としてかかわる
〈著作〉
『中上健次の男の遺言』の構成、『本田宗一郎語録』・『樋口慶太郎語録』などの取材・執筆を手掛ける。昨年『伝統芸能に学ぶ-躾と父親』を恒文社から上梓。

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