第34回公開市民大学:木村三郎

第34回公開市民大学:木村三郎

名画の見方、楽しみ方......図像学入門
-アトリビュートから楽しむ西洋絵画-
日本大学教授(芸術学部) 木村三郎

ルーヴル美術館を訪れ、無数にある絵画をぽんやりと眺めながら歩いたとしよう。名画と呼ばれる作品を前にして、「なにがなんだかさっぱりわからない」......そんなふうに感じたことはないだろうか。

そうした経験をしたあとで、西洋絵画の入門書をひもとくと、すぐに「主題」だとか、「様式」という言葉が出てくる。もちろん、どちらも西洋美術史においては、最も重要なことである。しかし、これらの言葉に知的な迫力を感じても、やっぱりよくわからない。専門的な用語でありすぎて、絵画作品との関係がどうも見えにくいからだ。

「絵画を見ること」には、いくつかの楽しみ方がある。たとえば、《モナリザ》を見て、美術の授業でだれかをモデルにした絵を描いた経験を思いだし、このような作品を一体どうやったら描くことができるのか、と考える。これが、ある意味では、最も本質的な感じ方かもしれない。

また、「レオナルド・ダ・ヴインチと自分たちの技量を比べたってしょうがない。私は絵画を見るのがとにかく好きなんだ」と、もっと違う見方がしたくなる場合もある。いわゆる「目の訓練」と呼ばれるやり方で、作品をたくさんみることにより、西洋の古典的な絵画に慣れ親しみ、その「よさ」を感じ取る方法である。「ベートーベンを理解するためには、どれだけたくさんの楽曲に耳を傾けなければならないか」とか、「映画通になるために観なければならない映画の本数」などということを考えればわかるとおり、このためには相当の時間と訓練が必要とされる。西洋絵画でもこうした訓練を経てくれば、「主題」、「様式」という言葉に違和感がなくなるだろう。しかし、これはたいへんに絵が好きではじめてできることで、一般的には必ずしもたやすい道ではないように思われる。

そこで、今回のお話では、これらの見方とはもう少し違った、第三の道を紹介したいと思う。 いささか唐突な話になるけれども、「四つ葉のクローバー」というものを考えてみたい。四つ葉のクローバーといえば幸福の印。いつからか日本に輸入された認識で、私たちはもし絵の中に描かれた人物が、四つ葉のクローバーを持っていたら、それは幸福の印だというふうに理解することができる。

また、男性が2月のある時期にチョコレートを手にしていたら、「この人はしあわせだなあ」と考える。私たちはバレンタインデーという習慣をすでに知っていて、彼の身になにが起こったのか、その物語を想像することができるからである。

西洋絵画の世界にも、じつはこのような「印」が存在する。それが、「アトリビュート」という絵の中のさまざまな小道具である。

パリのノートルダム寺院に行くと、人物を表したいろいろな彫刻作品がある。その中に鍵を持った男性の彫像を目にすることがある。これはペテロという名前の聖人なのだが、フランス語では「ピエール」にあたる。たとえば、ピエールという子供が両親に連れられてノートルダム寺院に行った場合、聖ペテロ像の前で、「これはおまえと同じ名前の聖人だよ。手にしている鍵を持っているのは、イエス様がペテロに『汝に教会の鍵を与える』と言ったからなんだ」くらいの話を、親はするかもしれない。これは、「鍵」が、ペテロのアトリビュートであるということだが、西洋の人々の名前は、聖人からとられたものが多く、彼らは、自分の名前にまつわるこのような話を、どこかで聞いたことがあるものなのだ。

しかし、四つ葉のクローバーやチョコレートならいざしらず、私たち日本人は一般的な、そのような話をほとんど耳にしたことはない。美術館を訪れて、描かれている人物が誰なのかわからない絵を見たって、わからないのは当然である。

ところが、この「わからない」が、「わかった」とき、絵についてまったく違った見方ができるようになる。「手には○○を持っている。だからこうだ」という単純で、目で見てすぐにわかる関係を理由することが、逆にとてもおもしろい経験となり、知的に絵について考えるきっかけとなるのである。

こうしたことを学ぶ学問を図像学と呼ぶのであるが、今回は、西洋における著名な絵画作品を対象としつつ、そのための入門の話をしたいと思う。

参考資料(拙著「名画を読み解くアトリビュート」平成14年、淡交社)

プロフィール

〈学歴〉
昭和47年 東京大学文学部仏語仏文学科卒業
昭和50年 東京大学大学院人文科学研究科、美術史専攻課程修了
昭和56年 パリ第4大学(ソルボンヌ)大学院博士課程修了、文学博士
〈職歴〉
昭和54年 日本大学芸術学部専任講師
昭和60年 同助教授
平成3年 日本大学芸術学部教授、放送大学客員教授
平成4年 日本大学大学院芸術研究科造形専攻教授
平成6年 コレージュ・ド・フランス客員教授
〈研究留学先〉
昭和50年 フランス政府給費留学生としてパリに留学
昭和65年 日本大学海外派遣研究員として、ドイツ・ミュンヘンに留学
〈主要著書〉
「ニコラ・プッサン」昭和59年、中央公論社、カンヴァス世界の大画家
「美術史と美術理論......西洋17世紀絵画の見方」平成4年、放送大学教育振興会
「西洋絵画作品名事典」平成6年、三省堂
「名画を読み解くアトリビュート」平成14年、淡交社
〈学会活動その他〉
日仏美術学会(常任委員)
日本18世紀学会(幹事)
アート・ドキュメンテーション研究会(評議員)
渋沢クローデル賞受賞

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